第2回
●温泉地の恋


第1回
●現代人は本当に疲れている?限界とは?


温泉地の恋


温泉地に付き物なのはなんといっても色恋沙汰でしょう。
温泉地でなくとも日本列島は色恋列島と化していますが、温泉地のそれは昔ながらの風情も残しています。下呂はあまり如何わしい色商売こそございませんが、旅館の仲居や芸者などに寄生するホモ、、おっと間違いヒモのような輩は存在してるようですね。旅館の仲居と板場さんはよくあるパターンですし、どこそこの奥さんとどこそこの御主人がという話も掃いて捨てる程ある。こんな不倫模様は都会じゃ珍しくもなんともないですが都会との違いは世間の狭さにあります。
なにしろ田舎は世間が狭い、情報伝達の早さはインターネットなど目じゃ無いくらいです。だから田舎町での不倫は燃え上がります。人に知られたら開き直るか逃避行しかないのです。情欲に溺れた二人は燃え上がって手に手をとって逃避行をするのですが世間の狭い田舎ゆえに燃え上がりもしますが都会に逃げたらお終いです。「なんでこんな奴と逃げてきたんだ?」って思えてくるのが関の山でしょう。狭い世間で生きるからこそ欲も限りがありますが視野が広がると欲望もレベルアップします。田舎の温泉地で生きてきた人間が都会の風花になる瞬間と言えましょう。不倫は文化だと言った芸能人がいましたが、不倫は文化ではなく大脳皮質の奥から受け継がれた宿命だといえましょう。結婚こそが文化です。一時の情欲を理性で凍結させて道徳という課題のもとに共同生活を営む。結婚という文化があるからこそ不倫はひと味もふた味も楽しいものなのです。結婚制度がなければ不倫などは存在しないのですから、、、、人は抑圧された生活の中で生きてこそ文化的で、その中に潜む文化の乱れこそが刺激なのでしょう。人を好きになるって動物的ですよね、情欲に走ってますね人として、、、不倫の言い訳で「たまたま好きになった人に奥さんがいただけ」とかいう方いますがどうせなら「美容と健康の為」とか言って欲しいところですね文化的生活を営む現代人でしたら、、、